彼の音楽的経緯は天才的だが、そのスタンスは斯様にロジカルだ。多くの人に届く共感を求める視点は今もぶれない──
どこにでもいなそうな魅力が溢れている。

—昔から、自分が嫌いな相手にすらも嫌われたくなかった—

 どこにでもいそうな関西弁の若者は、はっきりとそう答えた。だからこそ、彼が同じ口から発する歌声には、どこにでもいなそうな魅力が溢れている。

 1990年生まれ22歳のシンガーソングライター、松室政哉は大阪府和泉市で生まれ育った。彼の音楽が始まったのは小学3年の時。相棒は親から買い与えられたおもちゃのピアノだった。

「いじりながら、自然と曲を作ったりしていた。今もその延長線上」

そんな訳で現在でも楽譜は読めない。小学生時代にはギターも始めたが同じく独学、マニュアル本が彼の先生だった。

その大舞台での客の反応を受けたことで、「音楽でやっていく」と決意。

 彼の音楽活動は中学3年で結成したバンドで初めて世に発信される。

 その後ソロに移行し活動を続けていた2008年、東京FM「SCHOOL OF LOCK!」とSonyにより初開催されたティーンだけが出演するフェス「閃光ライオット」が、松室の針路を明確にした。

 幾重の審査をスルーした16組に名を連ね東京ビッグサイトに立ったこと、その大舞台での客の反応を受けたことで、「音楽でやっていく」と決意。その後、進学していた大阪芸大を中退。

「本気でやるって決めたから、音楽に全ての時間を費やそうと思った」

 「ライオット」は少年に夢を見させ、燻らせた。大阪で活動し、ある程度の客、ある程度の面倒を見てくれる関係者に囲まれる中で「このまま続けて意味はあるのか」と考え「音楽を続けるなら、ゼロからやろう」と11年春、東京に活動拠点を移した。

「全然知らない人にどうすれば自分の声が届くかを考えるようになった」

 いま彼は、1からキャリアを積み重ねることを楽しみ、大阪では考えなかったことを考えるようになったと語る。

 初めて松室政哉を聴いたとき、自分の言葉を使っている歌手なんだなと感じた。聴き手の側に立った歌詞。アーティスト然とした、独善的な「俺の世界のひけらかし」では決してない言葉たち。

「人生って悲しいことばっかりな気がする。だからちょっとした幸せを感じられる」

 「作詞は苦手。その分一番考える。自分の言いたいことプラス、どこに共感を得てもらえるかを常に考えている」と話す。中でも松室は「哀の表現」に最も魅力を感じるという。

 「喜びの共感より、かなしみの共感のほうが爆発力がある。そこを入り口に、かなしみの中で見いだした光まで歌いきりたい」というのが彼の持論だ。

「人生って悲しいことばっかりな気がする。だからちょっとした幸せを感じられる」

生来の性格として人に好かれたいという気持ちが強いのだという。

 ではなぜ、彼は共感を求めるのだろう。その理由が冒頭の言葉だ。生来の性格として人に好かれたいという気持ちが強いのだという。

 影響を受けたアーティストに桑田圭祐の名を挙げ「どこにでもいる普通のおっさん。その人間臭さがすごいと思う」と評したが、それはそのまま彼のスタンスに投影されている。

彼の音楽的経緯は天才的だが、そのスタンスは斯様にロジカルだ。

 彼こそ、どこにでもある共感を探し、どこにでもある言葉で歌を歌っている。「わかるやつにはわかる音楽」ではなく全ての人に届く音楽を。

 そしてそのアプローチとしての「哀」。彼の音楽的経緯は天才的だが、そのスタンスは斯様にロジカルだ。多くの人に届く共感を求める視点は今もぶれない。

是非、哀の漂う歌声に耳を傾けてみてほしい。

 ライブ活動に加え、USTREAMにて同世代のシンガーソングライターたちと番組も開始している。是非チェックをしてみてほしい。

 ライブアクトを観て、取材をして「こいつとがっつり語りたいなー」とふと思った。どうやら筆者はすでに彼の創り出す世界に共感してしまったようだ。皆も是非、哀の漂う歌声に耳を傾けてみてほしい。