そのアクトを見れば誰しもきっと、身体中から吹き出るソウルネスに無条件に色気や瀟洒を感じる──
これは彼だけのソウル・ミュージックが生まれるまでの物語だ。

 上っ面だけのメッセージも綺麗な言い回しもいらない。自分の魂を表現することがソウルであるなら、情感豊かに嘘偽りのない自分の言葉を歌うババチャンはそれの体現者以外の何者でもない。

 これは彼だけのソウル・ミュージックが生まれるまでの物語だ。極私的な表現に寄り添いfeelすれば、シンガーというより、彼の人間としての魅力に気付くことができる。

「男性のソウルシンガーには目がいかなった」

 コーヒーカップの持ち手の穴に指が入らなくて「熱くて飲めない」と嘆くネオソウルシンガーから、コーヒーが冷めるまでの間に、話を聞いた。  

 まだババチャンを知らない人は、何よりまず先にパフォーマンスを見てみてほしい。

 一聴して黒い、それでいてオールディな佇まいなのがわかる。音楽的ルーツにあるのは10代のころからずっと大好きという60年代ソウル。アレサ・フランクリンを、愛を込めて「あの女」と呼ぶ ”Sista” = ”黒人女” は日本でババチャンだけだ。

  本人はディープでブルージーな男声を操るが、当初から「男性のソウルシンガーには目がいかなった」という。節々の歌い回しや意識はアレサ、エリカ・バドゥ、レデシーなど、女性シンガーに由来する。 

身体中から吹き出るソウルネスに無条件に色気や瀟洒を感じる。

 そのアクトを見れば誰しもきっと、身体中から吹き出るソウルネスに無条件に色気や瀟洒を感じる。それを前提に歌詞を見てみよう。例えば「痛風」。  

"ピザ パスタ ラザニア 白ご飯 全て 炭水化物 しかも 尿酸値は高め これを食べてしまえば 明日からは(地獄 地獄 go to hell) これを食べてしまえば 明日からは 車椅子 キコキコ"  

 これに、ジャズやソウルの歌手がよく使う「シャバドゥビ」やら、煩わしげでかったるげなフェイクやらを気持ち良く合わせてくるものだからたまらない。例えば「ジョージ・クルーニー」。

 "Oh Mr.ジョージ・クルーニー 愛愛愛してる でも… 叶わない つぶらな瞳 眉と目がすごく近い テレビ越しで見てる 近いけれどすごく遠い アメリカ生まれのあなた 93年に離婚 だけども だけども 再婚してたよね"  

耳で聴いた時のシンプルな格好良さと、言っている内容のギャップの面白さ。

 Youtubeで、「眉と目がすごく近い」の部分で笑う聴衆の反応は至極真っ当だ。だけども、その後それを受けて、あまりに住む世界の違うムービースターに対して「近いけれどすごく遠い」なんて、なんて詩的な表現だろう。

  耳で聴いた時のシンプルな格好良さと、言っている内容のギャップの面白さ。英語に長けていない日本人が好きなUSヒットソングの対訳を調べた時に、想像と違いすぎて驚くことは「あるある」だろうが、例えば、おそらく日本語を知らない外国人が彼の歌を聴いたらきっと、、、という話だ。 

ババチャンだけのソウルの形が生まれてきた。

 重要なのは、ババチャンにとってこのギャップ/表現方法はあくまで自分の好きなスタイルを突き進んだ結果だということだ。真剣に作ったものが、図らずも面白おかしく受け取られているだけであって、つまりは音も言葉も自分の好きなものを追求した時に、ババチャンだけのソウルの形が生まれてきた。

格好よさがある。ソウルって多分、それも含まれている

 彼は自身について「歌が上手くないと思っている」と説明する。「エリカ・バドゥとかも、歌だけでいったらもっと上手な人もいるけど、格好よさがある。ソウルって多分、それも含まれている」とも。単純な歌唱法の優劣では測れない、生き様からにじみ出る部分がソウルネスには大きく関係してくる。 

自分が本当に好きなものについて向き合ってみた。

 23歳の時に会員制のバーでソウルの名曲のカバーを歌う仕事に就き、本格的に歌い始めた。3、4年が経ち自分で作詞作曲を行うようにもなったが、次第に自らが書く歌詞がつまらないと感じるようになった。

 「愛してる」や「友情」のような、つまりは作詞においてありきたりで使い古された言葉を使っていたが、「言葉に気持ちが全然乗らなくって。全てが偽善に聞こえて、面白くないな、と」。

 そこで、セクシュアル・マイノリティーである事や、自分が本当に好きなものについて向き合ってみた。「好きなものは例えば『食べ物』。それで痛風とかダイエットの歌とかを作ってみたら、言葉が乗る。自分は『人を感動させる系』じゃないんだ、ってその時に思ったんです。ちょっとコミカル、みたいな。みんながみんなかっこいい系じゃないと気づいて」。 

「(振り返ると)激動かも。でもそう思わないんですよね、ユルいから」

マツコ会議 ババチャンが面白すぎて番組放送後 Twitterのフォロワーが激増 – NAVER まとめ

 2015年10月、日本テレビ「マツコ会議」に出演したことでネット上で話題に。同年12月にキーボーディストの佐藤スパゲティ俊介が結成した実力派ソウルファンクバンド「スパバンド」(http://spaband.jimdo.com)ではリードボーカルを務める。

 今年に入ってからも大手芸能事務所ジャパンミュージックエンターテインメントに所属が決まるなど、ここ1年で周囲の環境が大きく変わり始めているが、「(振り返ると)激動かも。でもそう思わないんですよね、ユルいから」と泰然自若としている。

普通がわからないんですよ。普通の生活じゃない。ガバガバ

 同年代が「安定」を人生の軸足に置く歳になってきていることに対する葛藤についても「ないんですよ。セクシュアル・マイノリティーとして生きてきたことも関係しているのかもしれませんが、個人的には周りと違うということにそれほど抵抗がない。普通がわからないんですよ。普通の生活じゃない。ガバガバ」。見た目のことではなく、山の如しだ。

  事務所所属については「タレント枠でやるんだったら何やってもいい。裸だけNG。こだわりがないので。でも歌に関しては(こだわりが)あるから、管理されるのは嫌ですね」。あくまでこのスタンスを保っていくつもりだ。

世界は綺麗な一面だけじゃないし、欺瞞に溢れた言葉はもう聞き飽きた。

  ババチャンは「メッセージ性が強い曲は向いていなかった。(自分がやると)全てが上っ面になりそうで」と語る。ブラックミュージックには、黒人たちの悲しみや辛い過去の歴史が根底にあるが、彼らはそれを歌に昇華してきた。

 時には、喜劇のように明るい表現に変えて。世界は綺麗な一面だけじゃないし、欺瞞に溢れた言葉はもう聞き飽きた。好きなものを突き詰めることがかっこいい。

 だからだろう、ババチャンのステージは純粋に楽しい。「10年後も適当にやっていられればいい。歌を嫌いになりたくないから『こういう感じ』でやっていきたいです」