関西から昇った"太陽"のスケールの大きい歌声には「なぜ人は歌を求め、心揺さぶられるのか」という根源的な疑問を思案したくなるほどの力が漲っている──
「なぜ人は歌を求め、心揺さぶられるのか」という根源的な疑問を思案したくなる

 文字を持たない民族はあっても、歌を持たない民族はないー

 というアプリオリを聞いたことがある。どんな言語より先に音楽は存在していたし、その重要性は今も変わらない。IKにはこんな壮大な話がよく似合う。

 関西から昇った”太陽”のスケールの大きい歌声には「なぜ人は歌を求め、心揺さぶられるのか」という根源的な疑問を思案したくなるほどの力が漲っている。  

私が歌えばみんな喜んでくれるんだ!って

 姫路郊外の「休日には大体家族でカラオケ」な一家に育つ。物心ついた時には、すでに歌はそばにあって自明のことだった。「2、3歳の時、メロディーにもなっていないような歌でも、小さくて可愛いから周りは何でも褒めてくれた。

 それで、私が歌えばみんな喜んでくれるんだ!って」。全校生徒の前で勝手にマイクを掴んで歌い出したりしていた小・中学生時にはすでにシンガーになりたいと思っていたがしかし、職人として厳格に生きる父には言い出せなかった。

上海、北京など7都市での中国ツアーと、着実にキャリアを重ねる。 

  きっかけは寮生活を始めた西宮での高校時代。親の目が遠のき、出会った友人とオーディションや文化祭に出るようになった。高校卒業前から音源をライブハウスなどに売り込み始め、大学に行きながら神戸や大阪・京橋のライブハウス「BERONICA」などを拠点にソロ活動を行うように。

 シーンに根を広げつつ、インディーズレーベルに所属しCDを3枚発表した。 

 卒業後に上京し活動を続ける中、兼ねてより企てていた海外進出も果たす。Twitterで知ったイベントを皮切りに台湾でのライブアクト、2013年秋には東アジアでライブの斡旋などを行うコンサルティング会社「自由惑星音樂聯盟」を通し上海、北京など7都市での中国ツアーと、着実にキャリアを重ねる。 

「シンガーとして失敗して落ち込んだことは一回もない。そこから学べることがあるから」

 25歳の歌姫が誕生するまでの壮大なストーリーを語りきることはここでは到底できなさそうだが、明言できるのはその行動力とタフネス。実は、関西時代にも台湾、中国、韓国のハコに音源を送りつけ「ギャラも交通費もいらないから出して」と売り込むも、全て空振りに終わった経緯もある。

 「シンガーとして失敗して落ち込んだことは一回もない。そこから学べることがあるから」。実際、彼女が日本を飛び出しアジアを股にかけ光輝き出すのは上記の通りだ。 

 現在はリリースに向け楽曲製作中。アジア圏においては韓国ツアーに向け準備中で、今後はより定期的に活動し「大げさに言えば、架け橋になりたい」という野心ものぞく。 

喜びや幸福を見に来てくれた人に伝え、純粋に楽しんでもらいたい」という初期衝動。

 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、歌手としてのIKの”ソウル”は2、3歳で決まっていたのだろう。心にあるのは「歌っているときが一番幸せ。喜びや幸福を見に来てくれた人に伝え、純粋に楽しんでもらいたい」という初期衝動。どこまでも「陽」。Ms. Sunshineはまだしばらく陰りそうもない模様。 


IK

読みはアイ・ケー。1988年生。3年ほど前に東京に拠点を移し、赤坂「TENJIKU」、恵比寿「aim」などに定期出演。ライブでは「歌6、トーク4の時もある」。作詞作曲は自ら行い、オリジナル曲は50曲以上。高校にソフトボールのスポーツ推薦で入るほどのスポーツ少女。最も大きな影響を受けた歌手は、昔近所に住んでいたお姉さんでもあるR&Bディーヴァ「ARIA」

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